アイアンバーと留め金具

つばきやオンラインショップではベンチや棚板、アイアン製品などを販売しています。

実店舗でよく売れるのが一枚板を用いたベンチ。

需要に供給が間に合わず、注文を受けお渡しする前に何か月かお待ちいただくお客様もいらっしゃいます。

しかし、オンラインショップでは、これまでベンチが売れたことは数えるほどです。

やはり木の質感や自然の曲線を生かした形状は、実物を見て、触らないと伝わらないのかもしれません。

 

 

一方、実店舗よりもオンラインショップで売れているのがアイアンバー。

これです。

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30cm~90cm  ¥400~¥1000

ホントによく売れます。

店装会社様(たぶん)から10本単位のご注文を頂くこともあります。

オンラインショップの中ではアイアン製の棚受けとの組み合わせで紹介しているのですが、実はアイアンバーに組み合わせる金具は他にもあるんです。

オンラインショップには出していないので、ここでご紹介いたします。

 

 

上から載せるタイプ。

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壁からバーまでそれぞれ6cm、3cmです。

取り外しが簡単ですが、外れやすい点もあります。

 

じゃ、外れにくいタイプ。

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そして、アイアンバーと組み合わせると便利なのがS字のフック。IMG_0441

左の7mm角は¥180。右の5mm丸は¥120。

上でご紹介したアイアンバーは横にずれ落ちないように両サイドに球状のものが付いていますが、その球が付いていないアイアンバーもあります。

これです。

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           ~40cm  ¥560

     40~60cm  ¥810

     60~90cm  ¥1170

  90~120cm  ¥1500

120~150cm  ¥1800

150~180cm  ¥2070

球付きのアイアンバーは30cmから90cmまで、10cm刻みの7種類ですが、球無しのアイアンバーは1cm単位でカットします。

じゃ、これはどのように固定するかというと、こんな金具があるんです。

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そしてこの球無しバーには片方が閉じた変形S字フックが使えます。

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7mm角¥180。5mm丸¥120。

これだとS字フックもバーから外れることはありません。

 

以上オンラインショップに載っていない金具の一部紹介でした。  

ワタシの知らない砥石の世界

何年か前のブログにも書いた、木への思い入れがハンパじゃない美川の大工の棟梁、イズクラさん。

『天板の無いチェスト』

http://old.tubaki-ya.com/2012/03/post_210.html

設計から施工までほとんどひとり(&弟子ふたり)でやる珍しい大工さんです。

 

 

先日久しぶりに電話があって、こんなもんあるかと訊かれ、ちょうどいいのがあったので写真と寸法を送ると現物を見に来ました。

「無塗装のヤツある?パテもサンダーも塗装も、全部ワシがやる。」

というので翌日持って行きました。

 

ま、ちょっと上がってけや、と工場の2階の事務所でお茶タイム。

パテの材料の話から漆の話、それからいろいろあって砥石の話へ。

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上の写真の砥石は割れないように砥石の周りに麻布を巻いて漆で固めてあるそうなのですが…

その砥石の値段、左が30万、右が20万

ええ~!

右の20万のヤツは井波の欄間職人が買って行ったけど硬すぎて刃が負けるので使えない、と返品したものを買ったそうです。

「砥石は一に硬さ、二に商人」と言って硬いほどいいそうなのです。

「二に商人」て何ですか?と訊くと、砥石を触って実際に研いで、そのあと売り主の目をじっと見つめこいつはどれだけ乗っけてるか、計るのだそうです。

「大工にとってな、砥石を買うのは真剣勝負なんや。」

 

 

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で、コレが名倉砥(なぐらど)。

砥石を研ぐための砥石だそうで3万円。

ハハハ。ボク、最近は砥石を使わずに、円盤状の砥石がグルグル回る電動の刃研ぎマシン使ってますけど。

 

 

砥石にも名前があって前出の20万と30万のヤツが「栗毛」。

で、下の黒い模様の入ってるのが「烏」(カラス)。

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ほら、カラスが飛んでるみたいでしょ。

 

このカラス、高そうですね~。

「いや、そんな高ない。4万や。」

厚みが薄いのは安いのだそうです。

十分高いですけど。

 

 

日本全国に砥石の採掘場はあるけれど、これらの高~い砥石は京都の本山(もとやま)というところでしか採れないそうです。

目の前に出された5本の砥石と3本の名倉砥はすべて仕上げ砥。

このほかにも中砥や荒砥があるんでしょ。いくつ持ってんですか?と訊いたら

「あそこにタンスがふたつあるやろ。あん中ぜんぶ砥石や。」

 

 

 

イズクラさんから聞いた話です。

那谷寺のお抱え宮大工だった〇〇さん(スミマセヌ、名前忘れました)。

その〇〇さんが買った砥石が500円。

それをいくつかに切って弟子たちに与えたそうです。

当時、500円で家が一軒建ったそうです。

 

ワタシの知らない砥石の世界でした。

 

「あ、そろそろ時間なんで帰ります。」

「ワシな、砥石も持っとるけどカンナはもっと持っとるで」

 

次回、『ワタシの知らないカンナの世界』を…

定休日

この仕事を始めたころは1年365日、店を開けていました。

正月も、お盆も、大晦日も。

朝10時から夜10時まで。

もちろんスタッフが交代で勤務していたので365日朝から晩まで働いていたわけじゃありませんが…

でも、正月に家で酒飲んでても、今 店やってんだよな、と思うと何となく落ち着かなかったもんです。

定休日が無いってことはいつでも休めるっていうことです。

いつでも休めると思うと、逆になかなか休まなくなっちゃうもんです。

そんな365日営業を8年やりました。

 

そして今の野々市に店を移転した機会に、週に一度はちゃんと休もうかと木曜を定休日にしたのです。

 

店はやってるけど、今日はオレ休みにすっか、というのと違ってもう完全に休み!というのはとても開放感がありました。

 

 

 

今年でこの店を始めてから17年。

当時30代半ばだったカミさんも五十路になりました。

 

オレたちももう若くないし、そろそろ週休2日にしようぜ。

ということで4月から毎週水・木曜日を定休日とさせていただきます。

お客様にはご不便をおかけいたしますがご容赦くださいませ。

水曜日の納品は承ります。

 

                 つばきや 店主

昨年の9月に、ご自宅新築中のH様から鏡のオーダーを頂きました。

こんな感じです、というものを絵に起こすとう~むなかなかいいじゃないですか。

鏡(のフレーム)は今までたくさん作ってきたけれどこーゆーの無かったな、というのがコレ。

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これはいいな、ってんで何台か作りました。

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無垢の風合いがよいでしょ

サイズは700×900mm。

スペースの都合でタテ型で展示しましたがヨコ型のほうがいいかも。

そして今までの鏡と違うところが「奥行き」。

100mmあります。

 

この奥行きがあるとね、たとえば洗面台のところだったらコップと歯ブラシが置けたりする。

そしてこんなのも。

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鏡の下にアイアン製のタオルハンガーを付けました。¥800

 

コレも。

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鏡の右サイドには真鍮製のドライヤーフック。¥950

 

 

もうすぐお引き渡しのH様のお宅へ鏡の納品。

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H様宅の鏡は古材風のエイジング加工を施しました

 

こういう新作を作るたびに不安が頭をよぎります。

「コレいい~!ウチにも欲しい~!」とカミさんが言うことを。

もうこれ以上モノを増やさないでください…

あいつ、どうしてんだろ

昨年の10月に発注した家具のパーツが今月末に入荷してくるので倉庫の整理をした。

1回の入荷量は約5トン。

それが年に3回で15トン。

それだけ売れてるのに儲からないのはなぜだー!

…それは置いといて…倉庫の奥から懐かしいものが出てきた。

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バリのウブドから世界遺産のライステラスがあるテガラランへ向かう通りに、手工芸品の卸し地帯がある。

注文を受けてから作る店が多いので短期滞在の観光客はおらず、ウロウロしているのは日本や欧米からのバイヤーばかりだ。

17~8年くらい前だろうか、そのころチモール島の家具や木工品を扱う店が増えていた。

独特の濃~いデザインと彫刻は印象的でワタシもよく仕入れたものだった。

当時チモール島は西と東に分かれていて東チモールはインドネシアからの独立運動に燃えていた。

東チモール独立戦線とインドネシア国軍や民兵との衝突は激しく内戦状態で、チモール島外に希望を求める人たちが島を出て、その一部の人がバリで木工品の店を開いたのだった。

 

何軒かのチモール・ショップと取引があったが、その一つを経営していたのが「ジョセフ・ラウ」というチモール出身の、人種は中国人で国籍はインドネシア人だった。

〝ラウ〟というと香港映画の往年のスター〝アンディ・ラウ〟を連想するが、ジョセフは肥満で目が細く〝糸目のサムハンキンポー〟みたいな見てくれだった。

何回か取引した後、彼がカーゴ屋はどこを使っていて日本までの運賃はいくらだ?と訊いてきた。

チモール木工品だけではなくカーゴ屋の代理店も始めたようだ。

そのころ使っていたカーゴ屋に少し不満があったのでジョセフのカーゴを使ってみた。

金額はさほど変わらなかったけど、大きな荷物の隙間に小物をキッチリと詰めていつものカーゴ屋よりも2割増しくらいの荷物が入ってきた。

それから何回かジョセフを通じて日本に荷物を送ったが、そのうち彼は女房に逃げられた。

その女房にカーゴ代理店に必要な書類を全部持っていかれたので、もうカーゴはできないと言われた。

ジョセフを通さないで直接カーゴ屋と取引をするようになったのでワタシのほうは何の問題もなかったが、小学生の息子を残され女房に逃げられたジョセフはハゲシク落ち込んだ。

そのころいつもカミさんと二人で仕入れに行っていたワタシも、出産したばかりのカミさんを日本において一人で出張に行く時期だった。

ドライバーのカデ君が気を遣って、ひとりで仕入れに来て寂しいであろうトシ(ワタシ)と、女房に逃げられて落ち込んでいるジョセフと、自分(カデ)とでサンセットビーチで食事をしようと段取りしてくれた(金払ったのはワタシですけど)。

 

 

チモールから出てきて木工品の店を始め、カーゴビジネスにも手を広げ順風満帆だったジョセフも女房に逃げられたころから潮目が変わった。

木工品店を閉めアクセサリーやビーズ、トンボ玉を扱う店に商売替えした。

ジョセフからはビーズやトンボ玉を買うようになったがそのうちまた商売を替え、今度はアンティークショップだった。

彼は正直にコレは本物、コレは偽物と教えてくれた。

どのタイミングかよく覚えていないが彼に日本円にして約5万円を貸したことがあった。

会うたびに商売が小さくなっていく彼に貸す金はもう戻ってこないものと思って貸した。

 

 

そんなこともすっかり忘れてしまった頃、カデ君から連絡があった。

トシは今度いつバリに来る?ジョセフがバリの商売やめてチモールへ帰るって。トシに借りがあるからそれを返してからチモールへ帰るって。

あいつ、見てくれが悪いからズルそうに見えるけどまじめなやつなんだよね。

 

 

バリでジョセフに会うと彼が用意していた現金は貸した金額には足りなかった。

「あとは店の商品をもっていってくれ」

戻ってこないと思っていた金が戻ってきたんだからこれでOKだよと言ったけど、じゃあこれを持っていけと言われたのが写真の彫刻。

「チモールでは彫刻をする行為によって祖先と通信ができる。その彫刻がたくさんバリに持ち込まれて売られているけれどそれらは売るために作られたもので本物じゃない。これはオレの祖先が作った本物だ。」

いいっていいって、祖先様が作ったものなんだから大事にしろって、と言ったけど日本に着いたコンテナを開けたらこれが入っていた。

あれからジョセフには会っていない。