ブログ
BLOG
仏壇
大学を出て(正確に言うと留年していたので在学中だった)最初に就職したのは小さな出版社だった。
社員はオジサンばかりで、「ツバキヤマ君 何年生まれ?」と訊かれ 「34年です」 と答えると「カーッ!若いねー!」と言われたもんだった。
ワタシのすぐ上の社員は10才年上のナラさんだった。
嘘のつけない人で、ああそんなこと言わない方がいいのにと、こちらが気を揉むような性格の人だった。
独身の私はよくナラさん家に酒を飲みに行き、泊めてもらった。
奥さんのミチコさんはショートカットのサバサバした性格の人で、こちらも気を使わずにいられる、居心地の良い家だった。
ミチコさんは、図々しくちょくちょく泊まりに来るワタシに料理を作ってくれた。
その会社はいろんなことに手を出す会社で、なぜかナラさんと二人で八百屋をやったこともあった。
青果市場には年末になると漬物用に干し大根が出てくる。
干した大根なのでシワシワになっている。
それを見たナラさんは
「ひどい大根ですね」
と言った。
正月のお節料理用ににクワイが出ると
「あー、これがクワイですか。」
と言った。
競りに来ている周りの八百屋は、この人面白い冗談を言うな、と思っていただろうな。
青果事業は1~2年でやめた。
そのころはバブルで、会社は次第に大きくなり、ワタシは名古屋や広島、松山などの営業所を転々とした。
東京に戻るとワタシは採用担当になり、新卒の学生を何人も採用した。
ナラさんは専務になっていた。
八百屋のころは子どもがいなかったが、このころには一女二男の三人の子どもがいた。
相変わらず独身のワタシはナラさん家に酒を飲みに行って、泊めてもらっていた。
三人の子どもたちは可愛く、ワタシによくなついてくれた。
ワタシが30を過ぎたころ(だからナラさんは40過ぎくらい)に、ナラさんは会社を辞めた。
ワタシもその翌年くらいに、その会社を辞めた。
居酒屋で働いたり、トラックの運転手をしたり気ままなフリーター生活をエンジョイしていた。
ナラさんは神楽坂に事務所を持ち、ワタシはそこにちょくちょく遊びに行った。
そのうちワタシは大学の先輩のやっている会社に入ることになり名古屋へ行った。
それからナラさんと会う機会が減り、ワタシの結婚式に参列してくれたのが最後じゃなかったのかなと思う。
名古屋の会社に就職したワタシは富山、高岡、金沢と転勤になり、金沢勤務の時にその会社を辞め、独立して家具屋になった。
2015年の暮れ、ナラさんから喪中ハガキが届いた。
奥さんのミチコさんが亡くなった。
まだ60くらいだった。
翌年、東京へ行く用事があったので奈良さんに連絡して一杯やることにした。
今は長女と二人暮らしのナラさん家に泊めてもらった。
もう独立した長男、次男も集まってくれた。
ミチコさんの位牌に線香をあげた。
後日、ナラさんからメールが届いた。
『先日はわざわざ出てきてくれてありがとうございました。
久しぶりのうまい酒でした。
昨日10日が女房の命日でした。
8月6日には小石川にある小さな寺で一回忌と納骨の法要を済ま せ、我が家は位牌だけになりあとは仏壇を待つだけです。
先日は酒に酔いすぎて、椿に仏壇を頼んだつもりですが大丈夫 でしょうか。
時間は問いませんが、私が元気なうちにお願いします』
仏壇を頼まれたのだった。
何をどうしたらいいのだろう。
仏壇屋へ行き、いろんな仏壇を見た。
仏具をどのように置くのか、タテ、ヨコ、奥行きの比率は?
ここに収納できたらいいな。
そしてシンプルで、温かみのあるデザインで。
何枚も絵を描き、図面を引いた。
これでいこう、という形が決まった。
家具工場にパーツを発注。
三か月後に金沢港に到着。
さっそく組み立てる。
パーツは図面の寸法通りに作られているが、出来上がった仏壇はイメージと違う。
でも、どこを直せばいいのかすぐに分かった。
やはり現物を見ないとわからないことがある。
さ、もいちど発注だ。
2015年にワタシの母親も亡くなった。
我が家の仏壇はワタシが子どものころからある小さな仏壇で、相当ガタが来ている。
どうせなら一緒に作ろう。
それから、カミさんのお父さんのも作ろう。
ということで再デザインした仏壇は三基作ることにした。(仏壇は〝基〟と数えるそうです)
そしてその仏壇が完成したのは2017年の夏。
頼まれてから1年半もかかってしまった。
東京のナラさん家に仏壇を送るとメールが届いた。
『昨夜、仏壇が到着しました。
想像以上に素晴らしく驚いています。
女房も椿の作った仏壇で眠るとは思っても見なかったと思いま すが、私もそのうちに行きますので伝えておきます。』
当初予定していた我が家の分の仏壇のパーツは、日々の忙しさに後回しにされ、ずっと梱包されたままだった。
昔からのお客様で、先日も机をお買い上げいただいたN様がご来店された。
きけばお母さまが亡くなり、仏壇を買おうかと仏壇屋さんを回ったけど、ピンとくるものが無いので仏壇代わりになるものがないかとふらっとお寄りになったとのこと。
そんなお話を聞いていたカミさんが、仏壇あるんです、と言ったら え!あるんですか!という運びになった。
後日、パーツの段階のものを塗装する前の状態まで仕上げたものをお見せした。
他の家具は丁寧じゃない、というわけではないけれど仏壇はとりわけ丁寧に仕上げる。
テーブルや椅子に比べ繊細な部分が多いので機械ではなく手でサンドペーパーをかける。
大きな機械音は仏壇には似合わない、ような気がする。
N様からご注文をいただいた。完成。
この仏壇は、実は三基作った内の三基目。
以前に一基売れてこれが最後なのです。
N様は
『素朴で温かみのあるその仏壇に一目惚れしてしまいました』
と言ってくださった。
どの仕事でも同じだと思うけど、誰かに喜んでもらうことがこの仕事をしていてよかったなと思う時なのです。
我が家の仏壇は、後回しにしてよかった。
さあ、もう一度作ろう。