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「ちょっと・・むずかしい・・」



中東のリビアで反体制デモが激化している。

今日の新聞には「死者250名」なんて書いてあった。

「リビア」で思い出す人がいる・・

 

 

ワタシは大学生の頃、空手部だった。

1年生か2年生の頃、はっきりと思い出せないのだがいずれにしても下級生の頃だ。

私の通っていた大学に黒人の留学生がいて、彼は日本の文化というか、精神的なものに興味があって、空手を体験してみたいという事だった。

そして、我が空手部に体験入部をしてきた。

母国はアフリカで、確かリビアだった。

名前はラベラさんと言った。

アフリカの黒人というと精悍なイメージがあるが、彼はそうではなかった。

少し太めの体形に加えて、運動能力もあまり高くは無かった。

当時30歳くらいだったと思うが、一緒にランニングをするとゼイゼイハアハア言っていた。

走り方を見ていても我々が思い浮かべる黒人の動きではなかった。

空手の覚えも悪かった。

でも、いつも一生懸命だった。

 

彼は下級生扱いで、私たちと一緒に着替え、道場の掃除をした。

彼の背中にはやけどの様な痕があった。

それは規則正しく並んでいた。

直径1センチくらいのやけど痕が、だいたい15センチ間隔で模様を描いていた。

その模様について、ラベラさんに尋ねることはできなかった。

我々はきっとなにかの儀式の痕だろうと噂した。

ラベラさんは恐ろしく勉強熱心だった。

朝6時から予習をはじめ、大学の授業が終わると国会図書館で閉館まで勉強する、と言っていた。

そしてアパートに帰るとまた勉強・・

日本語も上手で、アホな体育会学生だった私たちの知らないような日本語のことわざまで知っていた。

「立て板に水」というのを英語ではこう言うんだよ、なんてコトも教えてくれたが、すぐに忘れた・・

 

 

稽古の終わった後、ときどき道場で車座になって酒を飲むことがあった。

我々下級生がビールを買いに行った。

ラベラさんも胴着を着たまま、一緒に近所の酒屋へ行った。

稽古のときは我々下級生と同じように尻を蹴られていたラベラさんは(実際は先輩たちは遠慮がちに蹴っていた)、しごかれ仲間の我々に親近感を持ってくれていたようだった。

酒屋への行き帰りにとても楽しそうな笑顔を見せてくれ、いろんな話をした。

 

 

あるとき、誰かがラベラさんにこう尋ねた。

「ラベラさんは、国ではどんな仕事をしてるんですか?」

彼は国費留学生だった。

ラベラさんの話では中学を卒業するのは3割の子どもで、国民の識字率は5割以下だといっていた。

そんな国で国費留学というのはよほど優秀な人なんだろうな、とは思っていた。

「日本で言うと大蔵省のようなところです」

官僚とは縁の無いバカ学生の我々は畏敬の念を持って

「おぉ~!」

と言った。

別の誰かがその場のちょっと緊張した空気を和ませるように冗談を言った。

「じゃ、将来は大蔵大臣?」

ラベラさんはこう答えた。

「たぶん」

また、皆がどよめいた。

別のバカ大学生が訊いた。

「そ、総理大臣になれる・・?」

ラベラさんは少し考えてからこう言った。

「・・ちょっと、むずかしい・・」

その答えが出るまでの2~3秒の間に、彼は何を考えたのだろう。

「ちょっと、むずかしい」ということは可能性としては有るってことだ。

思わぬ展開に、調子に乗ったバカ学生たちは 「ラベラさんの国にキャバレーって、あるんですか!?」とか、くだらないことを訊きながら彼の周りでピョンピョンはねていた。

ラベラさんも楽しそうだった。

 

もう、30数年前の話だ。

きっと今頃は国の要職についているのだろう。

そのリビア政府は民主化を要求しているデモ隊を徹底弾圧していると言う。

ラベラさんも弾圧している側にいるのかと思うと気持ちが暗くなった・・

 

ところで、リビアってどこら辺にあるのだろう。

息子から「ドラえもんのせかいちず」を借りてアフリカの地図を眺めた。

聞いた事も無い国や、名前だけは知っている程度の国がたくさんある。

その中に「リベリア」という国を見つけた。

リベリア・・記憶の中からその単語が浮かんでくる・・

そうだった!ラベラさんの国は「リビア」ではなく「リベリア」だった!

語感が似ているのと、アフリカの一国だということで「リビア」だと思い込んでいた。

なんとなく心が軽くなった。

 

では、ラベラさんの母国、リベリアってどんな国なんだろう・・ネットで調べた。

そこにはこんなことが・・

「1983年から2003年にかけて断続的に引き起こされた内戦により、戦争一色の無秩序な国と化した」

私たちがラベラさんと一緒に尻を蹴られていたころは1977、8年頃で、内戦が勃発した1983年はその5年後。

 

ラベラさんはあの後、どんな人生を歩んだのだろう・・