チェンマイとソロ

十数年前、よくタイへ行きました。

行き先はタイ第2の都市チェンマイ。。

そこから車で1時間ほど走ったところにランパーンという街があります。

大きな陶器工場が並び、たくさんの煙突がそびえ立ってました。

日本や欧米のメーカーがこのランパーンの工場に陶器の生産を委託し、自社のロゴマークを付けています。

 

陶器というのは〝焼き損じ〟が出るので、注文を受けると何パーセントか多い数を焼くのです。

そのパーセント数はモノによって違うのだけれども、例えば1万個の受注に対して1万1千個焼くとします。

焼き損じ(B品など)が800個出たとすると、A品1万個を納めた後に
11000-10000(納品)-800(B品)=200(A品)

800個のB品と、200個のA品が残ります。

その余ったB品、A品を専門に扱う業者がいて、その余りを買いに行っていたのです。

 

当時まだ日本に店舗の無かったIKEAのポットを買ってきたときは、隣の北欧雑貨店の店長に羨ましがられたもんです。

また、仕入れ値から算出して350円で売っていたマグカップは、やはりヨーロッパのどこかのメーカーのマグカップで、ネットでは2500円で売っていたのでそれをブログに書いたら2日で完売してしまいました。

 

その余ったA品B品取扱業者の社長の名前はノムサックといって、ワタシと同じ酒飲みで気が合いました。

そのころ私は、カミさんと息子を連れて仕入れに行っていたのでお互いの家族でよく食事に行きました。

ノムサックは朝から晩まで、年中無休で働いていましたが

「仕事は大変で、毎日忙しく、休む暇がない。でも子どもたちが立派に育ってくれてハッピーだ」

と言っていました。

彼には3人の息子がいて、取引を始めたころは小中学生だった彼らも一番目と二番目は大学生、三番目は高校生になっていました。

 

当時、タイの首相はタクシン。

今は事実上の亡命生活をしています(優雅ではありますが)が、タイを追われる引き金となったのが自身の出身地であるチェンマイを中心とするタイ北部の利権拡大政策。

それがタイ中部、南部の激しい反発を受けクーデターにつながったのです。

 

チェンマイはタイ第2の都市。

日本の第2の都市は大阪ですが、その発展ぶりは東京と比べ遜色有りません。

しかしタイ第一の都市バンコクと、第二の都市チェンマイではその様子は全く違っていました。

喧騒と渋滞のバンコクとは対照的に、チェンマイは中心部でもちょっと路地に入ると、ニワトリが虫をついばんでいました。

静かな町でした。

 

それがタクシン時代にあれよあれよという間にに発展し、高いビルが建ち大きなショッピングセンターができました。

チェンマイ郊外ではスーパーウェイ(と言ったかな?)まっすぐで広い道路の建設が進んでいました。

ノムサックも新しいショッピングセンターに広い店を出し、それまでは卸一本だった商売を小売りに手を広げました。

当時のつばきやをご存知のお客様は、ああそういえば昔は皿やボウルやカップなんかがたくさんあったなあと思い出していただけると思います。

食器類は食べ物を載せたり、直接口に触れるので『食品検査』というものを経なければなりません。

陶器の釉薬に含まれる鉛とカドミウムが基準値以下であることを検査しなければならないのです。

その手続きは煩雑で、時間も費用もかかるものでした。

そしてある時、輸入にかかわる法律が変わり、その手続きはより煩雑に、より時間も費用も掛かるものになってしまいました。

ウチのような零細な輸入業者では対応ができなくなり、いつかノムサックとの取引もなくなりました。

 

 

話は変わってインドネシア。

先日、大統領選挙があって、現職のジョコ大統領が再選を果たしました。

インドネシアの歴代の大統領は王家や裕福な家から出たものですが、ジョコは貧しい大工の息子。

そんな生い立ちもあってとても人気のある大統領です。

彼の出身地は中部ジャワのソロ。

ワタシが家具のパーツを注文する工場はソロの近くにあるので、滞在はいつもソロです。

10年くらい前のブログに、ソロの町についてこんなことを書いています。

『定宿のホテルの7階からはソロの町が見渡せ、このホテルよりも高い建物は無い。遠くからコーランの声が聞こえてくる。この街は私の最も好きは街のひとつです。』

ジョコ大統領の出身地だからなのでしょうか、ソロの発展は驚くべきスピードで、今では25階建てのホテルが林立し、訪れるたびに新たな巨大ショッピングセンターができています。

通りを走る車も一気に増え、チリンチリンと鈴を鳴らしながら走るベチャ(人力車)は肩身が狭そうです。

 

ソロに通い始めてからもう20年近くになるでしょうか。

たくさんの知り合いもでき、この間小学生だった子がもうお母さんになりました。

この好きな街が発展に取り残されてほしくはないけれど、静かな面影が消えてゆくのは寂しいものです。

我が町の公共建物の開発は急速に進んでいる。

我が家から徒歩5分の場所にあった市の図書館は少し離れた場所に新しい建物を作り「まなびの杜 ののいちカレード」となった。

そして昨年は中央公民館が取り壊され、来月
「にぎわいの里 ののいちカミーノ」としてオープンする。

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その敷地内に民間商業施設「1の1 Nonoichi」ができた。

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カフェスペースに加えシェアキッチンがあり、曜日変わりで様々な飲食が提供される。

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たとえば4月はクレープ、スペアリブ丼、A4・A5ランク和牛の肉料理、オイシイデリのランチボックス、椿てまり寿し弁当、京都大学カレー部4代目部長のカレーなどなど。

これらが曜日変わりで出てくるのよ。楽しそう♬

 

 

そして同じ建物内に物販スペースもある。

野々市ならびに近隣の特産物、工芸品などを販売する。

 

 

うれしいことに この「1の1 Nonoichi」の家具什器をご注文いただいた。

 

カフェスペース

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物販スペース

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ご覧のようにカフェスペースのテーブルやカウンターはマホガニー材。

そして物販スペースはアイアンのフレームにパイン集成材。

同じ建物の中なのにテイストがバッサリ切り替わってしまうのが少しもったいない。

なのでパイン集成材の棚の中に収納するストック用の箱をテーブルと同じマホガニー材の契り付きで作った。

これで建物全体の統一感が出る。

 

でも箱だけではダメなんだな。

取っ手が無いと陳列棚から箱が引き出しにくい。

その取っ手をどうやろうか…

 

と考えていた時に浮かんだのが〝革の取っ手〟。

さっそく革工芸のグリグリレザースの佐藤さんに依頼。そして快諾いただいた。

この箱 結構重たいので繰り返し使っても革の取っ手が外れないように止めなければならない。

佐藤さんと相談の結果、前板に3mmのタテ穴を掘って、そこにベルト状の革を通し、内側で縫って留めることにした。

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なるほどこれなら外れない。

しかし納期が迫る中、24個の箱にタテ穴を開けるのは1日仕事になるので天を仰ぐ気分だったが、よいものが出来るなら…

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練習したんです(^^)

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タテ穴を開け、塗装を仕上げ佐藤さんの工房へ。

最後の仕上げをお願いします m(__)m

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こんな風に仕上がりました。

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取っ手の革はいろんな色を使って。

陳列棚の裏側に収納。

 

 

今回はいろんなものを作らせてもらいましたが、一番印象に残ったのがこの〝箱〟。というか〝革の取っ手〟

 

 

革の取っ手、家具にも使えそうです。

骨折

人生5回目の骨折をした。

幼稚園のころ右足の脛を、中学では右のひじを、高校では左手首を、大人になって左の鎖骨を骨折した。

どれも太い骨をボッキリだった。

 

 

 

高校生のころワタシは空手部で、文化祭の時に試割(板とか割るやつ)をすることになっていた。

文化祭には他校の女子も来る。

ワタシの高校は男子校だったのでそりゃ気合も入る。

余談ですが、今は男子校は全体の2%、50校に1校しかないそうです。絶滅危惧種です。

ちょっとアクロバチックに高い位置にある板を割ろうと思った。

肩車をした二組に板を持たせ、四つ這いになった後輩を土台にジャンプして蹴って割る。

さあできるかどうかやってみようと助走をつけて土台のヤツを踏んだらそいつがこけた。

バランスを失い手首から落ちた。

左手を見ると手首のところからぐにゃりと曲がっている。

こりゃ手首の関節が外れたな、と思って隣の柔道場へ走った。

柔道場には日体大の柔道部のOBで、大魔神のようなミウラ先生がいた。

「先生、関節が外れたみたいなんですが」

と言って手首を見せると、ミウラ先生はその部分を引っ張ったりねじったりした後

「関節ははまったが、折れてるな。体育館の玄関で待ってなさい。」

と言って車を取りに行った。

体育館の玄関で折れた手首を濡れタオルで巻いてミウラ先生を待っていると、バスケの顧問のハマダ先生が、どうした、ツバキと声をかけてきた。

「ホネ、折れちゃったんです」と言うと

「ホントかよ~」と半信半疑だった。

ワタシも愛想がいいので引きつり笑顔で答えたのがよくなかった。

 

 

ミウラ先生の車で隣町の柔道場へ走った。

そこはワタシの高校・大学の柔道部のOBが経営している柔道場兼柔道整復師の医院だった。

整復師の先生が奥さん(たぶん)に何か言うと、奥さんはジョッキに水を満たして持ってきた。

先生は汗だらけの柔道着姿のまま、ワタシのわきの下に足を突っ込んで思い切り手首を引っ張って骨を接いだ。

折れたときより痛かった。

そしてワタシは喉がカラカラに渇き、ジョッキの水を飲みほした。

 

 

骨接ぎって、練習するのだろうか?

折れた骨を引っ張って元の位置の戻すのは、理屈としてはわかるけど、どれくらいの力で引っ張って、どんな角度でってのがあるだろう。

この時の柔道整復師の先生は「うまくつながったよ」みたいなことを言ってくれたけど、それは何回も経験してるからその感覚がわかるのだろうけど、最初はどうだったの?

最初からヒトでやったわけじゃないんでしょ。

骨折れたやつが来た。さあ、お前初めてだけどやってみろ。ってな具合にはならないよね。

失敗したら大変だもんね。

模型みたいので練習するんでしょ…

 

 

 

 

ワタシの1~4回目の骨折はすべて接骨院で治療した。

が、5回目の今回は初めて手術した。

 

棚を運んでいる時にバランスを崩し、前に倒れた。

とっさに棚の天板が傷つかないように棚と地面の間に手を挟んだ。

棚とワタシの全体重が右手の指にかかった。

人差し指の腹が破れ、ぼたぼたと出血した。

その裂傷だけだと思っていたら、形成外科に行ってレントゲンを撮ったら

「骨折してますよ」

と言われた。

骨折といっても小さな骨が欠けただけなんだけど、そこは指先を伸ばす腱が付いてる場所で、そのままにしておくと指が伸びず曲がったままになってしまうらしい。

指の骨に鋼線を2本貫通させ、欠けた骨を固定させなければいけない。

開業医の先生から紹介状をもらい、その足で松任中央病院へ行った。

 

11:00に診断を受け14:00に手術。

担当の医師は女医さんだったが、この大きな病院の外科部長だった。

人差し指の根元に麻酔を打って(コレが痛い)、爪の間からドリルを刺し込み骨に貫通穴を開ける(麻酔が効いているのでコレは痛くない)。

ワタシの顔の上には目隠しの布が掛けられているのでその様子を見ることはできないがドリルのギュルギュルという音は聞こえる。

その下穴に鋼線を刺して手術は完了。

 

 

水曜に手術をして3日後の土曜の夜。

指に刺してある鋼線は後で抜きやすいように、体外に出ている部分は J 型に折れ曲がっている。

感染する可能性があるのでいつも清潔にしておいてください、と言われたので風呂で包帯を外し、指用に買った柔らかい歯ブラシで洗った。

風呂から出てバスタオルで体を拭いていたら、そのバスタオルに J の字が引っかかって1本抜けてしまった!

ああ、そういえば指を洗う時はお風呂から出てからやってくださいって言ってたな。

こういうことだったのか…

 

手術から5日目の月曜に病院へ。

予約の日ではないのに来た訳を看護婦さんに話すと、診察の時にはその話が女医さんに伝わっているらしく、診察室に入ったワタシを見ることもなく机に向かったままセンセは冷たい声でこう言った。

「最短記録やわ。」

そして再手術。

手術前に看護婦さんに、センセに最短記録って言われちゃったよ、と言うと、私もここで3年看護婦やってますけど一番速いです~ふふ、と楽しそうに笑ってくれた。

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またドリルギュルギュルをやって再手術完了。

 

 

外科医もドリルギュルギュルは練習するんだろうなぁ。

やったこともないのにいきなり人の骨にドリルで穴開けられないよな。

オレだったら怖くてできないよ。

 

術後、気になっていたことを訊いた。

「先生、このドリルギュルギュルは最初は模型か何かで練習するんでしょ?」

すると女医さんはこともなげにこう言った。

「最初からヒトだったわね」

 

最近ビックリしたことです。

『グリグリテン2018』11/9(金)~19(月)

先日、つばきやのチェアに合わせて革のパッチワークでクッションを作ってくれたグリグリレザースの佐藤さん。

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彼の作品、ワタシもカミさんも個人的に長~く使っています。

ワタシのコインケース。

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金沢美大で金属工芸を学んだあと、革工芸の道に進んだという彼の経歴を聞いてからこのコインケースを見ると「なるほど!」と思いませんか。

革という平面的なものからは、少しスイッチを切り替えないと生まれない形です。

 

カミさんの使っている財布。

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使い込まれ、小さな傷がたくさんついているけれど、カミさんは新品よりもこの〝こなれ感〟が好きなようです。

 

 

学生時代にアジアやアフリカ旅し、特にアフリカの素朴で力強い造形に影響を受けたという彼のデザインは民族的な匂いがします。

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彼の革制作の特徴のひとつは、革をなめすのにケミカルな材料を使わずミモザ、アカシアの樹皮から抽出された植物タンニンでなめしていること。

染料も人体・環境に無害なものを使っています。

もちょっと原価を抑えて、効率的な工程で作って、ということができないんでしょうね。

何を優先させるかは人それぞれですが、ワタシは佐藤さんの姿勢が好きです。

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今年もこの時期がやってきました。

グリグリレザースの『グリグリテン2018』

11/9 (金)から19 (月)まで。

オーダーメイドのご相談もどうぞ!

皆様のお越しを心よりお待ちしています。

http://grisgris.base.ec/

 

 

佐藤さんからのメッセージです。

僕の好きな「革」という材料を使い

僕の得意な「ものづくり」で

心地よく長く使えるものを作り

いつしか「もの」に「思い」の宿る

そんなものが出来ればと思い製作しています

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ダイニングテーブル、今まで何台くらい作ったんだろ…

ちょっと気になって調べてみた。

手元にある家具工場からのインボイスは2012年からのもの。

それ以前のものは蔵の中にしまっちゃったのでさっさとあきらめた。

あきらめのいいのがワタシの美点です。

インボイスから拾っていくとこの7年間に598枚のテーブルを作っている。

座卓や学習机、リビングテーブルは含んでいない。

たくさん作ったなぁ…(遠い目)

 

 

なぜこんなことが気になったかというと、TAKATA建築の小西さんから注文されたテーブルがちょっと、いやかなりユニークだったから。

「こんな仕上げ、したことありますか?」

と訊かれて、たくさんテーブル作ったけどこんなことやったことなかったよな初めてだよな、そういえばオレって今まで何台くらいテーブル作ったんだろ?と思ったのがきっかけ。

 

この超ユニークな仕上げも奇をてらったものではなく施主様のご趣味から連想し、考えに考え抜いたもの。

 

500台以上のテーブルを作ったけど、こんな仕上げは初めてです。

9月29日(土)、30日(日)の内見会場でお披露目です。

とっても居心地の良い、爽やかな風の入るお家です。

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お問い合わせは 076-243-0151 TAKATA建築まで。